いい人
新入社員なりたての頃、僕は先輩からフジロックに連れて行ってやるとお誘いをいただいた。先輩はいい人だ。
僕はフジロックに行けるということより、メンバーにKさんが含まれていることに興奮していた。Kさんはショートカットが似合うボーイッシュで、僕のタイプの人だった。目立って美人ではないが仕事ができて素敵な人と評判で僕は憧れを抱いていた。
当日、僕はメンバーの中で一番の下っ端だったので、ハイエースの運転を命じられた。ハイエースにはラジオしかなく、買ったばかりのBoseのSoundlinkを持ち込み音楽を聴きながらのドライブだった。
助手席には先輩が座って、夜道を運転する僕の話相手になってくれていた。コンビニ休憩後、運転席に座ると助手席には、なんとKさんが座っていた。Kさんは僕のiPodを持ち「どんな曲入ってるか見ていい?」と聞いてきた。僕は内心どきどきしながら「どうぞ」と言った。やはり先輩はいい人だ。
「音楽詳しいんだね」
「詳しくないですよ」
「あ、ゆらゆら帝国も入ってる。いいよねー」
「し、渋い趣味っすね」
...
他愛のない会話が続いたが、すてきなドライブだった。後部座席にみんながいなければなと少し思った。僕は、音楽をスチャダラパーにした。
「なぁK、こいつおもしろいだろ、俺のお気に入りなんだ」
と先輩が不意に後部座席から話しかけてきた。
「うん。かわいいし。」
僕は天にも昇らん勢いで幸せだった。
先輩は笑いながら言った「浮気するなよw」と。
(?)僕は違和感を感じた。
先輩は後部座席で別の同僚と喋りはじめていた。
僕はKさんに尋ねた。
「えっとKさんは、もしかして先輩と…?」
「うん、最近付き合い始めたの」
「…」
その後はどんな会話をしたのか覚えていない。とにかく先輩はいい人だと褒めまくった気がするが、なぜ褒めまくったのかはよくわからない。
Kさんは先輩と一年ほどで別れた。先輩は社内の他のコにも手を出していたのだった。先輩はその数年後、女性問題で会社に居られなくなり辞めてしまった。
先輩はいい人じゃなかった。
車で音楽を聴いていると、僕を少し大人にしてくれた先輩を思い出すことがある。